粒形分布とは、ある物質の粒径毎の頻度を示したものである。ここでは、雨に限定することで雨滴の粒径分布を想定する。気象学における雲微物理過程では、雨滴の粒径分布は降水を特徴づける基礎的な物理量として重要視されてきた。特に、地上で観測される降水強度は前述の粒径分布の積分値であり、観測される粒径の大きさの寄与によるものか、はたまた頻度の高さの寄与によるものかを把握するためには、粒形分布を調べることが降水過程の多様性を紐解く一つの鍵になると考えられる。
加えて、数値モデル内では、雲微物理過程を格子内で直接解像することは困難な場合が多い。このため、雲微物理過程を特定の関数で自由度を束縛しつつパラメタライズする方法や、粒径分布の時間発展をグリッド毎に計算する方法、さらには粒子の運動とその状態変化を確率的に取り扱い計算する方法などが提案されてきている。粒径分布の直接観測データは、これら数値モデリングにおいて想定する粒径分布を決定する上で重要であり、計算結果の検証においても必要不可欠なものである。
過去のレビュー記事 (Multi-peak drop size distribution) で言及したように、自然界では稀に平衡状態の粒径分布が観測される。室内実験や数値実験による結果からも、同等の定常分布が得られることが確かめられてきている。しかしながら、それらが自然界で生じるものと同等のものかどうかはまだ議論の余地がある。特に、上述の平衡状態の粒径分布は日本では観測例が殆ど無く、どのくらいの頻度で生じるかどうかも分かっていない状況であった。
そこで、日本 (ここでは、埼玉県熊谷市) で平衡状態の粒径分布がどの程度生じ、それらはどのような特徴を有するのかを、長期間の地上粒形分布観測データを解析することにより調べた。加えて、気象庁では C バンド二重偏波気象レーダーを日本全国に展開しており、それらで用いられる降水強度推定手法についても長期間の粒径分布データを用いることで再考した。
以下、Unuma et al. (2025) の内容を簡単に解説する。
本論文で新たに分かったことは、大きく分けて 2 つある。
一つ目は、後に述べる新たな手法により、不確実性を加味しつつ観測データから平衡状態の粒径分布を検出した。先行研究では、平衡状態の粒径分布というのは自然界では稀にしか生じないということを日本 (少なくとも熊谷) でも確かめることが出来た。加えて、誤差分析を行うことにより、平衡状態の粒径分布形成時に降水強度が時間変化する場合、数濃度方向の時間変化のみならず粒径の大きさの時間変化による寄与、またはそれら両方の寄与があることを世界で初めて明らかにした。
二つ目は、これまで日本の C バンド二重偏波レーダーにおける降水強度推定は、先行研究で提案された係数の利用、或いは事例毎の検証が主であった。そこで、本研究では長期間の地上粒形分布データを解析することで、降水強度推定の季節性を調べた。さらに、粒形分布パラメーターの一つを固定し、特定形状の粒径分布を仮定することで、降水強度推定精度の向上が見込めることを提案した。
当初、地上のディスドロメーターデータから平衡状態の粒径分布の検出するため、先行研究に倣い粒形分布に変曲点のあるものを抽出する手法を採用していた。しかしながら、あるレビュアーさんから手法の問題点を指摘された。その問題点とは、「単に分布に変曲点があることを見つけるだけでは不十分であること」、「出来うれば想定される平衡状態の粒径分布を関数として決めた上で検出することが望ましいこと」、「少なくとも粒径分布中の変曲点が特定の粒径で生じていることを示した方がよいこと」、というものだ。これら指摘には、文字通り頭を抱えた。指摘自体は尤もであり、たしかに変曲点を探すこと自体は出来ていても、その分布が本当にこれまでに調べられてきた平衡状態のものと似通っているかどうかは保証されていなかった。加えて、自然界で生じる平衡状態の粒径分布や数値的に得られる定常分布でも、ピークの高さに違いがあることが想定されるため、一意に平衡状態の粒径分布を決められないという大きな不確実性があったのだ。
そこで、まずは指摘どおりに変曲点見つけることに加え、これまでに調べられている平衡状態の粒径分布との決定係数を計算し、類似性を定量化した (Unuma et al. 2025, Section 2)。次に、ピークの高さの違いを吸収するために、規格化した分布で類似性を計算した (Unuma et al. 2025, Section 2 and Fig. 4b)。そして、変曲点が大きく変化しないことを明示した (Unuma et al. 2025, Fig. 5)。以上により、平衡状態の粒径分布を観測データから検出する、アルゴリズムの改良版を提示することで納得して頂くことが出来た。
また、今回はある共著者の方からご提案頂いた誤差分析により、降水強度の強弱に対する粒形分布パラメーターの変動による寄与を定量化する、という新しい解析結果を提示することが出来た (Unuma et al. 2025, Fig. 6)。Unuma et al. (2025, Fig. 3) のように、粒径と数濃度の散布図はこれまでの多くの論文で調べられているのだが、個人的には、降水強度が時間とともに強くなる場合に粒径の大きさと数濃度の高さとでどの程度の寄与があるのかを知りたかった。寄与率が分かれば、降水強度が時間とともに強くなる場合を粒形分布パラメーターの観点から分類することが出来るのではないか、と考えたのだ。結果としては、上記で述べた平衡状態の粒径分布が観測される場合に限っては、基本的に先行研究で知られていた通り数濃度の変動が大きい場合がサンプル数としては多かったものの、粒径の変動の寄与、或いはそれら両方の寄与もある、ということを定量的に示すことが出来た。そしてこの点が、本研究の一番のウリである。
今回、多くの方に共著をお願いする形となった。観測機器の運用管理・データそのものの管理・データの品質管理方法・解析手法の提案・草稿の確認など、多岐に渡ってご協力頂いた。個人的には、皆さんから頂くコメントが鋭く、共著の皆さんが (良い意味で) 査読者のようにも思えた。しかしながら、時間をかけて研究結果を確認して頂けること自体、大変有難いことであった。貴重な時間を割いていただいた共著者の皆さん、加えて担当編集委員さん、レビュアーさんたちには本当に感謝しかない。異なる背景を持つ共著者の皆さんとフルペーパーを書き上げ、結果として論文を出版できたことは、私にとって貴重な経験となった。ここに記し、心よりお礼申し上げる次第である。
Research paper — Jan 14, 2025
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