粒径分布パラメータのレーダー変数による推定
はじめに
粒径分布とレーダー変数の記事では、粒径分布からどのような仮定の下でレーダー変数を計算しているかについてまとめた。今回はその逆で、レーダー変数から如何にして粒径分布パラメータを推定するか、について述べる。
粒径分布
粒径分布は、対象とする粒径の範囲によって当てはめうる関数が異なる。ここでは、地上に到達する範囲の粒径、すなわち約 0.5 mm 以上の雨滴を対象に考える。多くの場合、ガンマ分布で粒径分布を近似しうることが知られている。ガンマ分布は次式で与えられる (Ulbrich 1983)。
N(D)=N0Dμexp(−ΛD)
ここで、N0, μ, Λは、それぞれ Number of concentration, Shape parameter, Slope parameter でありガンマ分布を特徴づけるパラメータである。しかしながら、これらのパラメータは物理的な意味合いを持たないために、気象学的にも直感的には分かりにくいという課題がある。例えば、N0 の単位は mm−1 m−(1+μ) で次元が μ に依存するため一定ではない、等である。
そこで、このガンマ分布を規格化したものとして、次式が提案されている。
N(D)=Nwf(μ)(D0D)μexp[−(3.67+μ)D0D]
ここで、
Nw=πρw(3.67)4(D04103W)
は Intercept parameter と呼ばれ、規格化した数濃度 (mm−1 m−3) と見做せる。この場合、N0 と異なり単位の次元が一定となる。D0 は中央粒径 (mm)、ρw は雨滴の密度 (kg m−3)、W は Rainwater content (g m−3) である。
f(μ)=(3.67)46Γ(μ+4)(3.67+μ)μ+4
は、μ (mm−1) に依存する関数である。D は粒径 (mm) を示す。また、
Dm=(3.67+μ4+μ)D0
の関係を用いると、質量平均した粒径 Dm を用いて規格化したガンマ分布を表現することも可能である。この時、(3.67+μ) の部分は、ΛD0≅3.67+μ である。これは、D0 と Dmax との関係が Dmax/D0>2.5 となる場合に ΛDmax と ΛD0 との関係がほぼ一定値となることを利用した近似である (Ulbrich 1983, Fig. 1; Sekhon and Srivastava 1970)。
このように、規格化したガンマ分布の場合、多少近似が介入するものの、粒径分布を直感的分かりやすいパラメータに置き換えられるという利点がある。
粒径分布パラメータの推定
粒径分布とレーダー変数で述べたように、気象レーダーではレイリー近似による仮定が前提となる。気象レーダーで得られる信号から直接粒径分布を得ることは出来ないものの、推定する粒径分布の関数や束縛条件を与えることで粒径分布パラメータを推定する手法が考案されてきた。代表的な手法として、
β method (Gorgucci et al. 2000, 2001, 2002) が知られている。以下、
β method について概観する。
粒径分布として、前述の規格化したガンマ分布を仮定する。Raindrop shape を変数 β として扱い (名前の由来)、Zh, KDP, ZDR から次式で β を求める (Gorgucci et al. 2000, eq. A1)。
β=aZhbKDPc×10−dZDR
ここで、a, b, c, d は定数、Zh (mm6 m−3) は水平偏波反射強度の linear unit (真数表記)、ZDR (dB) は反射因子差の logarithm unit (対数表記) である (以下、同様に扱う)。求めた β と Zh, ZDR から D0 Nw μ をそれぞれ推定する (Gorgucci et al. 2002, eq (24), (34), and (39))。
D0=a1Zhb1(100.1ZDR)c1log10Nw=a2Zhb2(100.1ZDR)c2μ=a3Zhb3(100.1ZDR)c3
ここで、a1, b1, c1, a2, b2, c2 は定数、a3, b3, a3 はβ から求まる定数である。具体的な値は、散乱計算から求められる。この点が β method の一つの利点と言える。各定数の S バンドレーダーでの具体的な値は、Gorgucci et al. (2002) を参照されたし。
Gorgucci et al. (2002) では、粒径分布パラメータの推定の式を Zh から KDP 変えた場合に、得られる粒径分布パラメータの推定精度への影響も調べられている。さらに、Gorgucci and Baldini (2009) では、S, C, X バンドレーダーを想定したシミュレーションを行い、各送信周波数毎に異なる β が与えられた場合の降水強度の推定精度が調べられている。以上のように、散乱計算で係数を求めさえすれば何らかの粒径分布パラメータの値や降水強度の値が算出可能となる。ただし、どの論文でも必ずと言っていいほど地上観測との比較が行われており、推定精度の確認は必須と言える。
他には、Exponential method (Seliga and Bringi, 1976)、Normalized Gamma method (Testud et al. 2001)、Constrained Gamma method (Zhang et al. 2001)、偏波間相関係数を用いた粒径分布パラメータの推定手法 (Thurai et al. 2008)、Double-moment model (Anagnostou et al. 2009)、Self-consistent with optical parameterization attenuation correction and microphysics estimation (Raupach and Beme 2017)、Inverse model (Alcoba et al. 2022) 等の手法が提案されている。これらの手法については紹介のみに留め、詳細は省略する。
おわりに
レーダー変数から粒径分布パラメータを推定する、様々な手法と考え方について述べた。歴史的な背景としては、S バンドレーダーを用いた推定手法が考案され、その後 C バンドレーダーや X バンドレーダーに応用されているようである。恐らく、送信周波数帯毎に降雨減衰の度合いが異なるため、それらの影響が小さいものから検討が進められたと考えられる。加えて、推定結果はそれだけに留まらず、観測結果との比較検証を通して推定精度を担保し、結果を吟味することの重要性が暗に示唆された。
参考文献
- Alcoba, M., H. Andrieu, and M. Gosset, 2022: An Inverse Method for Drop Size Distribution Retrieval from Polarimetric Radar at Attenuating Frequency, Remote Sens., 14, 1116.
- Anagnostou, M. N., J. Kalogiros, E. N. Anagnostou, and A. Papadopoulos, 2009: Experimental results on rainfall estimation in complex terrain with a mobile X-band polarimetric weather radar, Atmos. Res., 94, 579–595.
- Gorgucci, E., G. Scarchilli, V. Chandrasekar, and V. N. Bringi, 2000: Measurement of Mean Raindrop Shape from Polarimetric Radar Observations, J. Atmos. Sci., 57, 3406–3413.
- Gorgucci, E., G. Scarchilli, V. Chandrasekar, and V. N. Bringi, 2001: Rainfall Estimation from Polarimetric Radar Measurements: Composite Algorithms Immune to Variability in Raindrop Shape–Size Relation, J. Atmospheric Ocean. Technol., 18, 1773–1786.
- Gorgucci, E., V. Chandrasekar, V. N. Bringi, and G. Scarchilli, 2002: Estimation of Raindrop Size Distribution Parameters from Polarimetric Radar Measurements, J. Atmos. Sci., 59, 2373–2384.
- Gorgucci, E. and L. Baldini, 2009: An Examination of the Validity of the Mean Raindrop-Shape Model for Dual-Polarization Radar Rainfall Retrievals. IEEE Transactions on Geoscience and Remote Sensing 47, 2752, 1558-0644.
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- Sekhon, R. S., and R. C. Srivastava, 1970: Snow size spectra and radar reflectivity, J. Atmos. Sci., 27, 299-307.
- Seliga, T. A., and V. N. Bringi 1976: Potential Use of Radar Differential Reflectivity Measurement at Orthogonal Polarization for Measuring precipitation, J. Appl. Meteorol., 15, 69–76.
- Testud, J., S. Oury, R. A. Black, P. Amayenc, and X. Dou, 2001: The Concept of ‘‘Normalized’’ Distribution to Describe Raindrop Spectra: A Tool for Cloud Physics and Cloud Remote Sensing, J. Appl. Meteorol., 40, 1118–1140.
- Thurai, M., D. Hudak, and V. N. Bringi., 2008: On the Possible Use of Copolar Correlation Coefficient for Improving the Drop Size Distribution Estimates at C Band. J. Atmospheric Ocean. Technol., 25, 1873-1880.
- Ulbrich, C. W., 1983: Natural Variation in the Analytical form of Raindrop Size distribution, J. Clim. Appl. Meteorol., 22, 1764–1775.
- Zhang, G., J. Vivekanandan, and E. Brandes, 2001: A method for estimating rain rate and drop size distribution from polarimetric radar measurements. IEEE Transactions on Geoscience and Remote Sensing, 39, 830-841.
更新履歴
- 2022-11-19: 初稿
- 2022-11-20: 誤字、ZDRの単位を修正。
Research paper — Nov 19, 2022