降雨減衰補正 (ZPHI method)
はじめに
二重偏波レーダー変数の算出とその補正では、降水強度算出に関連するレーダー変数の算出方法とレーダー変数推定時にバイアスとなりうる要素に対する補正方法について具体例を示した。この中で降雨減衰補正を利用したものの、その内容を十分に把握できていなかった。そこで、本稿では降雨減衰補正 (主に ZPHI method) の内容を把握することを目的とする。
ZPHI method の変遷
降水によるマイクロ波放射の減衰は、反射強度 Z と 反射因子差 ZDR の観測時 (特に C や X などの短い波長帯で) に顕著なバイアスとなりうる。降雨による減衰 (以後、降雨減衰) は、反射強度 Z を用いた Hitschfeld and Bordan (1954) の解として単偏波レーダーの時代から推定されてきた。しかしながら、減衰が大きい場合には Hitschfeld and Bordan (1954) で得られる解は、非常に不安定となる。
そこで、解を安定させるための制約条件として、独立した観測量により推定される path-integrated attenuation (PIA) が注目されるようになった。PIA が既知ならば、減衰量の視線方向のプロファイルが得られる (Meneghini and Nakamura 1990)。PIA は、山岳や背の高いタワー、海面といった比較的安定した物体を対象に用いることで、航空機や衛星観測において推定可能である。
二重偏波要素が観測可能な場合は、偏波間の位相差を元にした代替 PIA 推定が推奨される (反射強度と異なり、偏波間の位相差は降雨による減衰の影響を受けにくいため)。Ah と ADR が KDP に対し線形に比例すると仮定した場合、α と β は次のように定義出来る。
α=KDPAh(1)β=KDPADP(2)
これらを range 方向に沿って一定と仮定する場合、Z と ZDR の減衰量は偏波間位相差の総距離に比例すると考え、それぞれ下記のように定義出来る。
ΔZh(r)=2∫0rAh(s)ds=2α∫0rKDP(s)ds=αΦDP(r)(3)ΔZDR(r)=2∫0rADP(s)ds=2β∫0rKDP(s)ds=βΦDP(r)(4)
この手法は Balakrishnan and Zrnic (1989) と Bringi et al. (1990) により提案された。Testud et al. (2000) では、式の導出過程がやや異なるものの同様に減衰量が求められる ZPHI method が提案されている。後に Le Bouar et al. (2001) で詳細に調べられ、拡張された。
降水での α と β は、ZDR と気温の関数である。特に C バンドレーダーでは、α と β の値が大きく変動することに課題があった (Carey et al. 2000 など)。このため、最適な α と β を求めることは、降雨減衰量の推定において非常に重要な役割を果たす。
この課題に対し、大きく分けて 2 つの異なるアプローチが提案されている。1 つ目は、self-consistent method with constraints (Bringi et al. 2001) である。2 つ目は、“hot-spot” algorithm (Ryzhkov et al. (2007) で提案、Gu et al. (2011) で拡張) である。以下、これら 2 つの手法についてそれぞれ述べる。
ZPHI method の2つの系統
A self-consistent method with constraints
ΦDP の range 方向のプロファイルを考えた時に、減衰する降水セルの遠方での
ZDR 補正値に対し制約条件を課すことで、
α と
β の値を最適化する手法 (Bringi et al. 2001) である。
C バンドレーダーの場合、式 (3) と 式 (4) における α と β の代表的な値は、それぞれ 0.08 dB deg−1 と 0.02 dB deg−1 である (see Ryzhkov and Zrnic 2019, Table 6.4)。しかしながら、その変動幅は大きく、range 毎に最適な α と β の値は異なるであろう。
そこで、観測される ΦDP と事前計算する ΦDP(mod) との差 Δ が、レンジ方向において最小となる α(opt) を求める (Bringi et al. 2001)。事前計算する ΦDP(mod) と差 Δ は、それぞれ次式で与えられる。
ΦDP(mod)(r,α)=2∫0rαAh(s,α)ds(5)Δ=i=1∑N∣ΦDP(mod)(ri,α)−ΦDP(ri)∣(6)
ここで i は、range 方向の gate 位置を示す index である。Le Bouar et al. (2001) は、α(opt) を求める際に、range 方向の隣り合う偏波間位相差の差が 6 ∘ 以上にすることを提案している。これにより、結果として得られる降水強度のノイズを減らせることが報告されている。
“Hot-spot” algorithm
α β を non hot spot と hot spot とで分けることで、最適値を求める手法 (Gu et al. 2011) である。
まず、non hot spot で α0 β0、hot spot で Δα Δβ とし、次式を定義する。
α=α0+Δα(7)β=β0+Δβ(8)
次に、α0 β0 を次式で求める (Gu et al. 2011)。
ΔZh(r)=α0ΦDP(r)(9)ΔZDR(r)=β0ΦDP(r)(10)
そして、Z と ZDR の減衰量は次式で表される。
ΔZh(r)=α0ΦDP(r)+ΔαΔΦDP(HS)(11)ΔZDR(r)=⎩⎪⎪⎨⎪⎪⎧β0ΦDP(r)β0ΦDP(r)+Δβ[ΦDP(r)−ΦDP(r1)]β0ΦDP(r)+ΔβΔΦDP(HS)if r<r1(12)if r1<r<r2(13)if r>r2(14)
ここで、r1 及び r2 は、range 方向の r1 から r2 の範囲に強雨が観測されたと仮定した場合の gate 位置である。この時、次式を満たす最適な Δα Δβ をそれぞれ求める。
∫OHSAh(s,Δα)ds=2α0ΔΦDP(OHS)(15)ZDR(a)(rm)+β0ΔΦDP(r0,rm)+ΔβΔΦDP(HS)=ZDR′(rm)(16)
ここで、ΔΦDP(OHS)=ΔΦDP(r0,rm)+ΔΦDP(HS) で与えられる。また、OHS が non hot spot、HS が hot spot の意。r0 はレーダーサイトの gate 位置で、rm は range 方向の r2 よりも遠方の適当な gate 位置である。
この時、次の 1. から 4. までの条件を全て満たすものを hot spot として扱う (Gu et al. 2011)。言い換えると、この条件を満たさない gate は全て non hot spot として扱う、ということになる。
-
Z > Z(th) かつ ρhv > 0.7
- hot spot 内での ZDR の最大値 > ZDR(th) (通常 3 dB を超える)
- hot spot の range 方向の長さが十分に長い (通常 2 km 以上)
- hot spot 内の ΦDP が ΔΦDP(th) よりも大きい (典型的には ΔΦDP(th) = 10∘)。
以上により、hot spot 内外で最適な係数のペアが求められる。なお、Gu et al. (2011) の “Hot-spot” algorithm は、Py-ART の calculate_attenuation
として実装されている。実例はこちら。
おわりに
今回は、降雨減衰補正 (主に ZPHI method) について変遷と系統を把握した。
参考文献
- Balakrishnan, N., and D. S. Zrnic, 1989: Correction of propagation effects at attenuating wavelengths in polarimetric radars. Preprints, 24th Conf. on Radar Meteorology, Tallahassee, FL, Amer. Meteor. Soc., 287–291.
- Bringi, V. N., Chandrasekar, V., Balakrishnan, N., and Zrnić, D. S., 1990: An Examination of Propagation Effects in Rainfall on Radar Measurements at Microwave Frequencies, Journal of Atmospheric and Oceanic Technology, 7, 829–840.
- Bringi, V. N., Keenan, T. D., & Chandrasekar, V., 2001: Correcting C-band radar reflectivity and differential reflectivity data for rain attenuation: A self-consistent method with constraints. IEEE transactions on geoscience and remote sensing, 39, 1906–1915.
- Bringi, V. N. and V. Chandrasekar, 2001: Polarimetric Doppler Weather Radar: Principles and Applications. Cambridge University Press, 636 pp.
- Carey, L. D., S. A. Rutledge, D. A. Ahijevych, and T. D. Keenan, 2000: Correcting propagation effects in C-band polarimetric radar observations of tropical convection using differential propagation phase. J. Appl. Meteor., 39, 1405–1433.
- Gu, J., Ryzhkov, A., Zhang, P., Neilley, P., Knight, M., Wolf, B., and Lee, D., 2011: Polarimetric Attenuation Correction in Heavy Rain at C Band, Journal of Applied Meteorology and Climatology, 50, 39–58.
- Hitschfeld, W., and J. Bordan, 1954: Errors inherent in the radar measurement of rainfall at attenuating wavelengths. J. Meteor., 11 , 58–67.
- Le Bouar, E., J. Testud, and T. Keenan, 2001: Validation of the rain profiling algorithm “ZPHI” from the C-band polarimetric weather radar in Darwin. J. Atmos. Oceanic Technol., 18, 1819–1837.
- Meneghini, R., and Nakamura, K., 1990: Range profiling of the rain rate by an airborne weather radar. Remote Sensing of Environment, 31, 193–209.
- Ryzhkov, A. V. and D. S. Zrnic, 2019: Radar Polarimetry for Weather Observations. Springer, 742 pp.
- Ryzhkov, A. V., P. Zhang, D. Hudak, J. Alford, M. Knight, and J. Conway, 2007: Validation of polarimetric methods for attenuation correction at C band. Preprints, 33rd Conf. on Radar Meteorology, Cairns, Australia, Amer. Meteor. Soc., P11B.12.
- Testud, J., E. Le Bouar, E. Obligis, and M. Ali-Mehenni, 2000: The rain profiling algorithm applied to polarimetric weather radar. J. Atmos. Oceanic Technol., 17 , 332–356.
更新履歴
- 2022-06-19: 初稿
- 2022-06-20: 誤字を修正。Gu et al. (2011) での Hot-spot の決め方を追記。
Research paper — Jun 18, 2022