粒径分布とレーダー変数
はじめに
Self consistency principle の記事の中で、雨滴粒径分布のシミュレーション・その結果を用いたレーダー変数推定を扱った。文献や教科書を追っていると、そもそも気象レーダーがどんなものを対象とし、どのような仮定の下で対象を観測しているのかについて、適切に理解できていなかった。そこで、気象レーダーが粒径分布からレーダー変数を計算するために必要な事項を Bringi and Chandrasekar (2001) と深尾・浜津 (2005) を基にまとめることにした。
散乱領域
レイリー領域・ミー領域・光学領域がある。観測可能な標的のサイズは、レーダーの周波数帯によって異なる。
リモートセンシングの対象標的
ハードターゲット: 孤立型標的、離散分布型標的
ソフトターゲット: 連続分布型標的
気象レーダーが対象とする雨・雲粒のような微小な離散分布型標的は、散乱体積内の微小散乱断面積の総和として得られる。雨粒などの微小な降水粒子は、レイリー領域に位置づけられ、レイリー近似が成り立つ (例えば、5 GHz 帯の場合、標的のサイズが 3 cm 程度まで)。
粒径分布
降水強度をレーダー断面積の関数として捉える場合、粒径分布が密接に関係する。一般的な粒径分布を表現するものとして、修正ガンマ分布がある。
N(D)=N0Dμexp(−ΛD)
N0 (分布曲線の切片, intercept parameter)・
μ (ガンマ分布の修正パラメータ)・
Λ (分布曲線の傾斜, slope parameter)。
後方散乱行列 (Backscattering matrix)
単位面積当たりの散乱断面積と後方散乱行列の共分散行列の各要素とを関連付けることができる。後方散乱受信信号電圧を散乱体積全体で総和をとり、それとその複素共役の積から2次モーメントを得る。この2次モーメントの一部が可逆なので、共分散行列自体は 3x3 になる。これらの要素から偏波パラメータを得る。偏波パラメータには、後方散乱によるものと伝搬によるものとがある。
まず、散乱波を水平偏波と垂直偏波の合成によるものと仮定すると、アンテナ点での後方散乱電界 Eb は入射電界 Ei と直線偏波の後方散乱行列 s により、次式のように表される (後方散乱はアンテナでの受信、入射はアンテナからの送信と言い換えることができる)。
[EhEv]b=s[EhEv]ire−jkr
ここで、
s=[shhsvhshvsvv]
とし、k は波数、r はレーダーと標的の間の距離。電界ベクトルや行列要素の添字のうち、h は水平偏波を、v は垂直偏波を示す。第1添字は散乱電界の偏波を、第2添字は入射電界の偏波を示す。
散乱波を右旋円偏波と左旋円偏波の合成と見做せるときは、s を円偏波の後方散乱行列 sc に置き換えることができる。
sc=[srrslrsrlsll]
s と
sc には下記のような関係がある。
srrsllsrl=21(svv−shh−j2svh)=21(svv−shh+j2svh)=slr=21(svv+shh)
次に、単位入射電界に対する個々の降水粒子による散乱を考えるとき、レーダーから距離 rn にある n 番目の粒子による後方散乱受信信号電圧 vij は、下記のように表される。
vij(rn)=sij(n)F(rn)e−j2πkrn
散乱体積全体の受信信号 Vij は上記の総和となり、下記で与えられる。
Vij(r)=n∑sij(n)F(rn)e−j2πkrn
Vij とその複素共役の積で与えられる2次モーメントは、
⟨VijVkl∗⟩=⟨n∑m∑sij(n)skl∗(m)e−j2πk(rn−rm)F(rn)F∗(rm)⟩=n∑⟨sij(n)skl∗(n)⟩∣F(r)∣2=∫⟨n(r)sijskl∗⟩∣F(r)∣2dV
となる。ここで ⟨∗⟩ は期待値、n(r) は位置 r での単位体積あたりの粒子の大きさの分布。上式で示される2次モーメントは、一般に 4x4 の共分散行列で表される。ここで、Vij と Vji とが可逆となる性質を利用すると共分散行列は 3x3 となる。したがって、各要素は
⟨n∣shh∣2⟩⟨nshhshv∗⟩⟨nshhsvv∗⟩⟨nshvshh∗⟩⟨n∣shv∣2⟩⟨nshvsvv∗⟩⟨nsvvshh∗⟩⟨nsvvshv∗⟩⟨n∣svv∣2⟩
となる。
粒子の形状と偏波パラメータ
上記までで粒径分布と共分散行列がそれぞれ分かった。以前、粒径と扁平度の関係を Self consistency principle の雨滴粒径分布の節で述べ、その結果からレーダー変数を計算した。得られた共分散行列の各要素を粒子形状と関連付けることで、それらの関係を明らかにする。
扁平な雨滴の長軸及び短軸の径をそれぞれ a および b としたとき、軸比を b/a、扁平率に依存する因子 λz を
λz=f21+f2(1−f1tan−1f)
とする。ただし、
f2=(ba)2−1
とすると、shh および svv は Rayleigh-Gunn の理論により、それぞれ下記のように表される。
shhsvv=4πk21+21(1−λz)(εr−1)V(εr−1)=4πk21+λz(εr−1)V(εr−1)
ここで、k はレーダー電波の波数で k=2π/λ、V は粒子体積で V=(π/6)D3、ε は比誘電率 (=ε/ε0)。
粒径分布が N(D) になる場合を考える。shh と svv は共に b/aとDの関数であることを加味すると、レーダー反射因子は下記のように書き換えられる。
ZhhZvv=π4∣Kw∣24λ4⟨n∣shh∣2⟩=∫D6N(D){1+λz(ε−1)}2dD=π4∣Kw∣24λ4⟨n∣svv∣2⟩=∫D6N(D){1+21(1−λz)(ε−1)}2dD
反射因子差は、真数表現を Zdr とすると、レーダー反射因子差を用い下記のように表される。
Zdr=4π⟨n∣svv∣2⟩4π⟨n∣shh∣2⟩=∫D6N(D){1+21(1−λz)(ε−1)}2dD∫D6N(D){1+λz(ε−1)}2dD≃∫(ab)7/3D6N(D)dD∫D6N(D)dD
ここで、
1+21(1−λz)(εr−1)2∣1+λz(εr−1)∣2≃(ab)7/31
の近似を用いた (Bringi and Chandrasekar 2001, eq. 7.19)。
偏波間相関係数は、下記のように表される (Bringi and Chandrasekar 2001, eq. 7.41, 7.42, 7.43, 7.44, 7.55)。
ρhv(0)=⟨n∣shh∣2⟩1/2⟨n∣svv∣2⟩1/2⟨nsvvshh∗⟩=ZhZdr∫N(D)∫∣Shh∣2r7/6p(r)drdD≃(rz7/6)1/2rz7/6≃1−21(rˉz)2var(rz)≃1−21{1−Λ[D/f(μ)]}2Λ2[f(μ)]−2var(D)≃1−21{1−Λ[D/f(μ)]}2(μ+3)Λ2[f(μ)]−2(D2)
式変形には、
rzvar(rz)Dvar(D)=1−ΛDz=γ2var(Dz)=Γ(μ+3)Γ(μ+4)Γ(μ+7)Γ(μ+6)Dz=f(μ)Dz=(μ+3)D2
の関係を用いた。なお、完全ガンマ関数は、
∫0∞xa−1e−bxdx=ba1Γ(a)
である。ただし、a>1,b>1 とする。
偏波間位相差変化率は、下記のように表される。これまでのレーダー変数が後方散乱によるものであったのに対し、偏波間位相差変化率は伝搬によるものである。
KDP=k2π∫N(D)Re[h⋅f(b/a,D)−v⋅f(b/a,D)]dD≃12πk∫D3N(D)Re[F(b/a,εr)]dD=12πkCk∫D3(1−b/a)N(D)dD=(λπ)ρwCk∫6πρwD3(1−b/a)N(D)dD
ここで、前方へ散乱される電波のベクトル振幅を f(b/a,D)、h,v はそれぞれ水平偏波・垂直偏波の単位ベクトル、ρw は降水粒子の密度 [g m−1]、Ck は (周波数依存だけどもほぼ) 定数。式変形には、Rayleigh-Gunn の理論により、
Re[h⋅f(b/a,D)−v⋅f(b/a,D)]=Re[F(b/a,εr)]=Re1+21(1−λz)(εr−1)εr−1−1+λz(εr−1)εr−1≃Ck(1−b/a)
の関係を用いた。
偏波間位相差変化率の式の形をよく見ると、∫6πρwD3N(D)dD の部分は単位体積中の含水量となっている。二重偏波レーダーとメソ対流系で考察したように、降水強度の推定に主として偏波間位相差変化率が利用されるようになった一因と解釈できうる。
おわりに
Bringi and Chandrasekar (2001)、深尾・浜津 (2005) を基に、粒径分布から二重偏波気象レーダーの各種レーダー変数を算出する過程について扱った。
参考文献
- Bringi, V. N. and V. Chandrasekar, 2001: Polarimetric Doppler Weather Radar: Principles and Applications. Cambridge University Press, 636 pp.
- 深尾・浜津, 2005: 気象と大気のレーダーリモートセンシング. 京都大学学術出版会, 491 pp.
更新履歴
- 2021-10-01: 初稿
- 2022-01-26: 誤字を修正
Miscellaneous — Oct 1, 2021