Takashi Unuma's blog.

二重偏波レーダーとメソ対流系

はじめに

Signal Processing Methods二重偏波要素の特徴では、主にレーダー変数の意味やその分布の具体例を示した。ところが、得られるレーダー変数による現象の解釈については十分に出来ていなかった。そこで、今回はメソ対流系を二重偏波レーダーで観た場合、どんなことが分かるのか調べてみた。

メソ対流系

メソ対流系の典型例として米国でしばしば観測される squall line をドップラーレーダーで観測され、その内部構造が鉛直構造とともに調べられた (Houze et al. 1989)。
主に squall line の進行方向全面に上昇流を伴う対流域と、その後面に層状域とで構成される。気流構造としては、進行方向全面に冷気外出流による gust front とその冷気外出流を滑昇する流れ、後面には対流域で上昇した流れが移動方向後面に向かって緩やかに上昇しつつ層状域を形成する流れと補償流として後面から全面に向かって流れ込む流れとがある。
これらの構造は、二重偏波レーダー変数ではどのように見えるのだろうか。

二重偏波レーダー変数とメソ対流系

Ryzhkov and Zrnic (2019) Sec. 8.1 を一部意訳し、特徴を列挙する。

  • squall line は 50 dBZ を超える高い反射強度と最大 4 dB 程度の高い反射因子差とで特徴づけられる。
  • 反射因子差は squall line の leading edge 付近の対流による上昇流域で特に高く、そこでは雨粒の粒径の激しい入れ替わりが生じる。
  • squall line での偏波間相関係数は、層状性領域で小さい傾向にある。
  • 偏波間位相差の急激な上昇は、降雨減衰のシグナルと見做すことができ、それは反射強度と反射因子差のバイアス要素の一つとなりうる。

1つ目の反射強度が高いというのは、単偏波の場合でも同様の特徴である。反射因子差の高い部分というのが、二重偏波化によって新たに得られる情報となる。
2つ目の対流の上昇流域で反射因子差が大きくなるというのは、鉛直構造を観ると ZDRZ_{DR} column として特徴づけられる (e.g., Kumjian et al, 2014; Snyder et al. 2015)。雨粒の粒径が異なるというのは、いわゆる上昇流域内で雨粒の衝突併合が生じ、大きさや特徴の異なる雨粒が多く存在しうる状態になることを意味する。二重偏波要素の特徴で述べたように ZDRZ_{DR} は雨粒の形状を示す特徴量であるから、衝突併合が起こると雨粒で言うと大きく扁平なものが多くなり結果として ZDRZ_{DR} が大きな値を示す。上昇流域であるからそれが鉛直方向に分布し、ZDRZ_{DR} column として観測される、という解釈である。
3つ目・4つ目は、Signal Processing Methods二重偏波要素の特徴で述べたことと概ね同様であるため省略する。

ZDRZ_{DR} column

先に述べた ZDRZ_{DR} column は、対流雲内の上昇流と対応が良いこと (Snyder et al. 2015) ZDRZ_{DR} column の深さが上昇流の強さと比例関係にあること (Kumjian et al, 2014) がそれぞれ知られている。おしなべて、発達前の対流雲を ZDRZ_{DR} column で診断出来るのではないか、という考え方である。Snyder et al. (2015) では、ZDRZ_{DR} column の深さと高度 4 km の上昇流 (最大値) との時刻毎の相関関係から、ZDRZ_{DR} column が深くなってから 2 分後に高度 4 km の上昇流ピーク値が生じることを示した。Kumjian et al, (2014) は、ZDRZ_{DR} column に関するレビューをしつつ、ZDRZ_{DR} column の life cycle や ZDRZ_{DR} column の深さ or 体積の上昇が地上での降水 or 降雹の 10〜15 分前に生じうることをそれぞれ示した。対流雲が発達してから降水を伴うまでに時間差があるので、ZDRZ_{DR} column の発現からだいたい数分〜数10分程度ということだろうか。雹を伴う系だと ZDRZ_{DR} column のシグナルも大きく有効と考えられる。降水または降雹とあるので、単純に降水だけだと ZDRZ_{DR} column のシグナルが小さいかもしれない。

ZDRZ_{DR} column で上昇流が診断出来うるのならば、もしかして下降流の診断も出来るのでは?と考えていたら KDPK_{DP} column というものがあった。

KDPK_{DP} column

KDPK_{DP} column は、基本的には対流雲内の降水域 (下降流域) と対応することが知られている (Loney et al. 2002)。KDPK_{DP} column の起源は ZDRZ_{DR} column と似た場所となることが多いものの、時間と共に別々の場所で観測される (ZDRZ_{DR} column は上昇流域・KDPK_{DP} column は下降流域に対応する Ryzhkov and Zrnic, 2019: Sec. 8.2)。Loney et al. (2002) では、ZDRZ_{DR} column の上端 (融解層上部付近) で KDPK_{DP} column が観測されており、内部は一部凍った雨粒が対応しているそうだ。 KDPK_{DP} column が観測されるタイミングなどは特に触れられていなかった。ただ、察するに雨粒として落下する際に KDPK_{DP} の値が大きいものとして観測され、結果として KDPK_{DP} column になっていると考えられる。降水強度の推定に KDPK_{DP} の利用が主流になったのは、落下する雨粒を捉えているという点が考慮されているからかもしれない。ZDRZ_{DR} だと先に述べたように上昇流に反応してしまうので、地上雨量として換算すると時刻ズレが大きくなり、地上雨量との対応が良くないのだろう。

おわりに

今回は二重偏波レーダー変数とメソ対流系について、ZDRZ_{DR}KDPK_{DP} columns に着目しつつ文章だけで簡単に示した。

参考文献

  • Houze, R. A., Jr., S. A. Rutledge, M. I. Biggerstaff, and B. F. Smull, 1989: Interpretation of Doppler Weather Radar Displays of Midlatitude Mesoscale Convective Systems, Bulletin of the American Meteorological Society, 70, 608-619.
  • Loney, M. L., D. S. Zrnić, J. M. Straka, and A. V. Ryzhkov, 2002: Enhanced Polarimetric Radar Signatures above the Melting Level in a Supercell Storm, Journal of Applied Meteorology, 41, 1179-1194.
  • Kumjian, M. R., A. P. Khain, N. Benmoshe, E. Ilotoviz, A. V. Ryzhkov, and V. T. J. Phillips, 2014: The Anatomy and Physics of ZDR Columns: Investigating a Polarimetric Radar Signature with a Spectral Bin Microphysical Model, Journal of Applied Meteorology and Climatology, 53, 1820-1843.
  • Ryzhkov, A. V. and D. S. Zrnić, 2019: Radar Polarimetry for Weather Observations. Springer, 742 pp.
  • Snyder, J. C., A. V. Ryzhkov, M. R. Kumjian, A. P. Khain, and J. Picca, 2015: A ZDR Column Detection Algorithm to Examine Convective Storm Updrafts, Weather and Forecasting, 30, 1819-1844.

— Sep 20, 2021